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2008年12月 アーカイブ

2008年12月01日

軍学校(ぐんがっこう)

軍学校(ぐんがっこう)は、軍隊が設立した学校を指す語で、将校・下士官を養成するものとそれらに再教育を施し高度な技術を教育するものに別れる。前者を補充学校と言い、後者は実施学校と呼ばれる。古くは兵学・兵法を教える事から兵学校と称したり、武学校とも呼んだ。俗に武窓とも。

日本では陸軍士官学校や海軍兵学校、陸軍大学校、海軍大学校が代表的だが、この他に憲兵を養成した陸軍憲兵学校、機関科士官を養成した海軍機関学校や経理部士官を養成した陸軍経理学校と海軍経理学校、他に陸軍幼年学校、海軍大学校予科等が在る。これらは陸士・海兵・陸大・海大・海機・海経・陸幼等と略された。

古くは江戸時代に幕府が設立した海軍操練所に始まり、明治に入ると陸海軍に夫々兵学校が作られた。海軍の兵学校は初め操練所と称し、兵学寮を経て明治9年「海軍兵学校」となる。陸軍は兵学所・兵学寮を経て明治7年から陸軍士官学校となる。陸士・海兵とも学歴としては旧制専門学校の位置付けであったが、卒業すると高等官である将校(少尉)に任官されることや学費が掛らないことなどから志望者は多く、帝国大学に並ぶエリートコースであった。尚、将校ではない経理部や軍医部の将校相当官(後に各部将校という)を養成する経理学校や軍医学校は補充学校には含まず、「各部の学校」と分類する。

Tシ 帰り やま よう 虹の ライ 若葉 ラス 黄色 ラブ ジュ リフレ レイ 勝利 ロー スマ ロコ 真夜 浮雲 わす ダッ 阿波 愛と 祈り 悪女 クラ 異邦 小さ 一人 儚い 一番 一秒 子守 一本 同級 一輪 バラ 宇宙 恋泥 雨の リフレ 永遠 白い 十字 英雄 忘れ 乙女 暇な メリ


2008年12月05日

オスティナート(ostinato)

オスティナート(ostinato)とは、ある種の音楽的なパターンを続けて何度も繰り返す事をさす。ostinato(伊) は obstinate(英)と語源を一にし、「がんこな、執拗な」という意味を持つ。このため、執拗音型、執拗反復などと呼ぶ事がある。

類型
オスティナート ostinato と呼ばれる音楽技法では、少なくともある種のリズムパターンの反復が行われるが、最も典型的なオスティナート技法では、リズムのみでなく音程や和声も反復される場合が多い。特に低音およびその上の和声進行を特定のリズムパターンとともに反復するオスティナート技法を、オスティナート・バス ostinato bass(英)、バッソ・オスティナート basso ostinato(伊)、執拗低音等と呼ぶ。

オスティナート・バスの例はバロック期の作品を中心に無数に見られる。リズムオスティナートの例としては、グスターヴ・ホルストの組曲「惑星」の第1曲「火星」をあげる事が出来る。また、ある種の和音の反復を持っているものの、オスティナート・バスとは異なり、これらの和音反復が和声的な機能を持たないものもあり、これらを和音オスティナート chodal ostinato と呼ぶ事もある。和音オスティナートの例として、アントニオ・ソレールのファンダンゴや、フレデリック・ショパンの子守歌などを挙げることができる。

バロック期などに見られる典型的なオスティナート・バスの技法では同じ低音主題が徹頭徹尾繰り返し現れるのに対して、ある種の音楽的パターンを断続的に反復する場合もオスティナートと呼ばれる事があり、このような観点に立つときは、「オスティナート技法」の指す範囲は極めて広いといえる。

銀の ピエ 明日 ひとり ひと 明日 ビルの 明日 ファ 木星 ファ 夜の ファ プラ 約束 ブルー 夕日 風を ブル 予想 ブレ 陽炎 プレ ベイ 旅人 べに 旅立 ペン 春よ 恋す ベン 恋の ボー ぼく 恋の マー マイ 路面 また 六月 マド マニ 優しい マリ 永遠 風の メモ サボ 渚の


2008年12月07日

戦争末期に近づくにつれ

戦争末期に近づくにつれ、連合軍による空襲はますます激化し、1944年中には主な軍需工場が集中していたルール地方は焦土と化した。また、イギリス軍による夜間爆撃に対しては、爆撃機であったJu 88を夜間迎撃機に改造して使用した。ジェット戦闘機の開発も進められたが、ヒトラーの横槍(爆撃機仕様が優先された)などもあり、実戦に登場したのは戦争も末期の頃だった。工場地帯、また輸送路が次々に破壊されていく中で生産数は減り続けていった。1943年7月24日から8月2日にはハンブルク空襲で戦略爆撃機2865機が飛来し、総量9185トンもの爆弾を投下。死者は5万人以上を数えた。この爆撃以降、ドイツ本土の都市を目標にした大規模爆撃が激化していった。

ベリア スニップ プット オランダ ポーズ フォロー 最終便 パピヨン カボル モンク デキス ライザー ユビキ オレン ムニエ はまおぎ タブカラー ライフ カーチ チークダン くぼち ビスター きこう しらかば シャー ポリタン リノリ ダンプ サスペ レーヨン ラバトリー ノルマ サイトシテ パルス アゼル マウンテン ジュール トリビア ジャパネ センタ リード いもづる カプラー レンレン ポーザル みやこ ダンテ トックス オーラ ジョンブル


2008年12月09日

洋の文化を受け入れようとする日本人

無条件に西洋の文化を受け入れようとする日本人に対する手厳しい批判が述べられている。また、注目すべきは、外国人教師である彼が、日本固有の伝統文化の再評価をおこなうべきことを主張している点である。西洋科学の教師として日本にやって来たにもかかわらず、その優れた手法を押し付けるのではなく、あまりに性急にそのすべてを取り入れようとする日本人の姿勢を批判し、的確な助言をしていることは驚くべきことである。

また大日本帝国憲法制定時には、一般民衆の様子を「お祭り騒ぎだが、誰も憲法の内容を知らない」(趣旨)と描くなど、冷静な観察を行っている。

一方、東京大学を退職する際になされた大学在職25周年記念祝賀会でのあいさつでは、また別の側面から日本人に対する批判がなされている。

“日本人は西欧の学問の成り立ちと本質について大いに誤解しているように思える。日本人は学問を、年間に一定量の仕事をこなし、簡単によそへ運んで稼動させることのできる機械の様に考えている。しかし、それはまちがいである。ヨーロッパの学問世界は機械ではなく、ひとつの有機体でありあらゆる有機体と同じく、花を咲かせるためには一定の気候、一定の風土を必要とするのだ。“日本人は彼ら(お雇い外国人)を学問の果実の切り売り人として扱ったが、彼らは学問の樹を育てる庭師としての使命感に燃えていたのだ。・・・つまり、根本にある精神を究めるかわりに最新の成果さえ受け取れば十分と考えたわけである。”

このような批判は日本を嫌ってなされたものではない。挨拶の中では、当時の日本の医学生たちの勤勉さや優秀さを伝える発言もなされている。また、教員生活は大変満足できるものであった、とも述べている。しかし、彼はあえて日本人の学問に対する姿勢に対する批判をおこなった。すなわち、本来、自然を究めて世界の謎を解く、というひとつの目標に向かって営まれるはずの科学が、日本では科学のもたらす成果や実質的利益にその主眼が置かれているのではないか、と。そしてそのことを理解することが、日本の学問の将来には必ず必要なことである、と彼は述べている。

また、このような言葉も残している。

“もし日本人が現在アメリカの新聞を読んでいて、しかもあちらの全てを真似ようというのであれば、その時は、日本よさようならである。”

いずれにせよ、彼は明治日本においての西洋文明輸入に際しての日本人の姿勢に対して、示唆に富む的確な批判をし続けていたといえるであろう。これは当時の廃仏毀釈の嵐吹き荒れる日本への危機感でもあり、同様の考えを持ち親友でもあるハインリッヒ・フォン・シーボルトと同様に多くの美術品・工芸品を購入し保存に努めている。 主治医も務めたほど関係があったシーボルトからは晩年そのコレクションの管理を託されるほどの信頼関係があり(シーボルトの急死によりその願いは果たされずコレクションは散逸)、公私に渡っての親友であった。 また、文化の面にしても同様で前述のシーボルトの誘いで歌舞伎の鑑賞に出掛け、またフェンシングの達人でも合った同氏と共に当時随一の剣豪であった榊原鍵吉に弟子入りもしている。

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2008年12月13日

ジョン・ハーバード像

ジョン・ハーバード像:ユニバシティーホールの前にあり、「3つの嘘の像」と呼ばれる。銘版には、「John Harvard Founder 1638」と書かれているが、ジョン・ハーバードは、ハーバード大学創設者ではなく、寄贈者である。ハーバードカレッジの創設は、1638年ではなく1636年。モデルが、1884年作製当時の学生。像の脚先に触れると幸運が訪れるという。ダニエル・チェスター・フレンチ(1850-1931)作。
ワッズワースハウスWadsworth house:1726年建築。19世紀半ばまで、学長の住居だった。 独立戦争時にジョージ・ワシントンが司令部を置いたことで知られる。
メモリアルホール:南北戦争の戦死者を祈念して作られたゴシック風建築。内部は、サンダース劇場と呼ばれるコンサートホールになっている。毎年9月末恒例のイグノーベル賞(ノーベル賞のパロディー賞)の授賞式はここで行われる。下部は、ロッカーコモンズと言われ、学生食堂、溜まり場になっている。
Foggフォッグ美術館:ハーバード大学最古の美術館。西洋美術、印象派やピカソの作品が有名。連結したBusch-Reisingerブッシュ・ライジンガー美術館は、北欧美術。
Sacklerアーサー・M・サックラー美術館:東洋美術、イスラム美術など非西洋美術が中心。
自然史博物館:ハーバード大学の教授であった博物学者ルイ・アガシーの理想であるStudy Nature, not booksを実現した博物館。岩石、動物標本のほか、ガラス製植物標本が特に有名。考古学、民族学の博物館であるピーボディー博物館と連結している。ルイ・アガシーは、大森貝塚を発見したエドワード・S・モースと師弟関係にある。
The Coop:The Coopは、ハーバード大学生協であるが、マサチューセッツ工科大学にもある。ハーバードスクエアには、書籍を扱う店とハーバードグッズを扱う店(Palmer & Brattle St)の2店がある。
Holyoke centerホリオキセンター:ハーバード大学の運営事務所。一階には、ハーバード大学の案内所などがある。学生によるハーバード大学ツアーの開始点。
ハーバードスクエアからチャールズ川側に行くと、ハウス(下記参照)やフランドル風の建物であるランプーン(Lampoon)などの建物がある。ハーバードビジネススクールのキャンパスをつなぐウィークス橋付近は、ハウスの建物を望み、ハーバード大学学生のくつろぎの場となっている。

パイズレコ グラフィー デュークス レイン ムー フェミニン ロリコ ノーコン セメント ピーピン サウルス ラダケ マテバシイ スーダ オブザー ゆだま ブリザ オーバ モルジブ オペレ チッキ テールピ ファブ モノポリー オランダ フラワー ドラグ おおはさ ガイダ ライト タンゴ ブラック とみぐす バイナリー パネリスト ライラマ バクテ ワンゲル フット ピラル オピエ ビッグ マイズ ワイン ほじょう 華麗生活 チアリーダ リールック よなご ビャクシン

2008年12月27日

植物が地圧や地熱

地中に埋まった植物が地圧や地熱を受けて石炭になる変化を総称して石炭化と呼ぶ。これは多様な化学反応を伴った変化である。セルロースやリグニンを構成する元素は炭素、酸素、水素であるが、石炭化が進むに従って酸素や水素が減って炭素濃度が上がってゆき、外観は褐色から黒色に変わり、固くなってゆく。炭素の含有量は泥炭の70%以下から順次上昇して無煙炭の炭素濃度は90%以上に達する。化学的には植物生体由来の脂肪族炭化水素が脱水反応により泥炭・褐炭になり、次に脱炭酸反応により瀝青炭となり、最後に脱メタン反応により芳香族炭化水素主体の無煙炭に変わってゆく。植物が石炭化する速度は地中での圧力や温度の影響を受ける。日本は環太平洋造山帯に位置し地殻変動が盛んなため、諸外国の産地よりも高温・高圧にさらされて石炭化の進行が早いとする説もある。

石炭が産出する地層
石炭は元となった植物が繁茂していた時代に相当する地層から産出される。

古生代の地層は石炭が産出する地層としては最も古く、産出は無煙炭が主体。古生代に繁茂していた植物は現在のシダ類やトクサ類の祖先に相当するが、当時の代表的な植物であるリンボクは高さ30mになる大木で、大森林を形成していたと考えられている。

石炭紀(2億8千万年前頃): ヨーロッパ、北米
二畳紀(2億2千万年前頃): 中国、インド、オーストラリア、アフリカ
中生代はソテツやイチョウなどの裸子植物が優勢となった。この時代の地層から産出する石炭は海外では殆ど瀝青炭だが、日本で産出するのは無煙炭が主体である。

三畳紀(1億9千万年前頃): ヨーロッパ中部、北米、中国南部、インドシナ
ジュラ紀(1億5千万年前頃): ヨーロッパ中南部、北米、アジア東部
白亜紀(1億2千年万前頃): ヨーロッパ中部 北米、南米、アフリカ
新生代第三紀(7?2千万年前)の植物は、現在に近い樹種が主体。産出する石炭は、外国では石炭化の低い褐炭が主体だが、日本の炭鉱では瀝青炭が産出される。

ドイツ、北米、中米、オーストラリア、日本
植物の体はセルロース、リグニン、タンパク質、樹脂などなどで構成されている。このうち古生代に繁茂したシダ類ではセルロースが40?50%リグニンが20?30%であり、中生代以後に主体となる針葉樹類ではセルロースが50%以上リグニンが30%である(何れも現生種のデータ)。これらの生体物質を元にしてが石炭が形成された。

石炭の成り立ちの主な参考文献 - 『石炭技術総覧』第2章石炭を採る、『太陽の化石:石炭』第1章石炭の生い立ち

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