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朝鮮王朝後期から日本による

韓国の近代化は朴正熙が強引に推し進めた。

朝鮮王朝後期から日本による植民統治時代の末期にかけて朝鮮では一定程度の工業化が進んでいたが、第二次世界大戦後に全て米ソが接収し、韓国に残った数少ない資本も朝鮮戦争で壊滅した。1961年の5・16軍事クーデター当時の韓国では、GNPは現在のバングラデシュやエチオピアと同水準の80ドル程度だったが、農村復興(セマウル運動)を手始めに、かつらを中心とした軽工業を起こし、現代・三星・大宇などの財閥を育てた。

資金のほとんどは日本を中心とした外国からの政府開発援助に依存していた。1977年には乗用車の国産化に成功し、1979年の乗用車輸出開始、1988年のソウルオリンピック開催を通じて、1996年に先進国入りを果たした。近代化のきっかけは、1970年代後半の「ウォン安・ドル安・原油安」に支えられていた。
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近代化論とは、1950年代から1960年代にかけて、次々に独立を遂げていった旧植民地の国々をいかに近代化させ、欧米的な意味での国民国家形成をいかに実現していくのかを論じた学問分野で、開発経済学と近接ないし重複する領域である。それは、単に経済成長のモデルではなく、政治、社会、文化、心理など人間生活のあらゆる側面において、近代化とは何か、そしてそれはいかに達成できるのかを明らかにしようとした一連の研究であった。

近代化論は、日本にも多大な影響を与えながら、特にアメリカ合衆国においては、学問と現実政治のはざまで揺れ続け、その後の社会科学の諸思潮にも長い間強い影響をおよぼした。

アメリカにおいて近代化論がそれほどまでに影響力を持った背景には、冷戦という当時の時代状況があった。つまり、開発途上国に対するソヴィエト連邦の影響力を最小限に食い止め、欧米的な国家を作り上げていくことこそが、近代化論の最も重要な使命とされたのである。

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2009年06月29日 20:54に投稿されたエントリーのページです。

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